『薔薇の名前』(1986) 魔窟で残飯をあさる美少女に童貞を捧げる

映画『薔薇の名前』の一場面 サスペンス
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日本の山に例えると富士山や高尾山のように登山者にポピュラーな山のような映画です。

登山者の多い山には難易度の異なる複数の登山ルートがあります。初心者向けの傾斜が緩やかで人通りの多いルートもあれば、ストイックな登山者向けの険しいルートもあり、同一の山であってもどのルートを選択するかによって、その山に対する印象もかなり違ってきます。

大ベストセラーを原作に持ち、中世イタリアの修道院を舞台にした連続殺人ミステリである本作にもまた、観客がどのレベルでも楽しめるよう、複数の「登山ルート」が用意されているように思えます。

タイレンジャー
タイレンジャー

主に3つのレベルに分かれているので、それぞれ「偏向」解説をします。松・竹・梅で。

作品概要

1986年製作/132分/フランス・イタリア・西ドイツ合作
原題:Der Name der Rose | The Name of the Rose
配給:ヘラルド・エース=日本ヘラルド映画
監督:ジャン=ジャック・アノー
原作:ウンベルト・エーコ
脚本:ジェラール・ブラッシュ/ハワード・フランクリン/アンドリュー・バーキン/アラン・ゴダール
撮影:トニーノ・デリ・コリ
美術:ダンテ・フェレッティ
衣装:ガブリエラ・ペスクッチ
音楽:ジェームズ・ホーナー
出演:ショーン・コネリー/F・マーリー・エイブラハム/クリスチャン・スレーター/エリヤ・バスキン/フェオドール・シャリアピン・Jr/ウィリアム・ヒッキー/マイケル・ロンズデール/ロン・パールマン/キム・ロッシ・スチュアート/ドナルド・オブライエン ほか

中世のある教会を舞台に謎の連続殺人事件解明にのり出す中年の僧と見習修道士の姿を描く。製作はベルント・アイヒンガー、エグゼクティヴ・プロデューサーはトーマス・シューリー、監督は「人類創世」のジャン・ジャック・アノー。イタリアの記号学者ウンベルト・エーコのベストセラー長編小説を基にジェラール・ブラッシュ、ハワード・フランクリン、アンドリュー・バーキン、アラン・ゴダールが脚色。撮影はトニーノ・デリ・コリ、音楽はジェームズ・ホーナー、編集はジェーン・ザイツが担当。出演はショーン・コネリー、クリスチャン・スレーターほか。

映画.comより)

予告編

The Name of the Rose – Original Theatrical Trailer

感想・考察(ネタバレなし)

【梅コース】初体験の相手が火あぶりの刑に!?

まずは何といっても、修道士見習いのアドソ君(クリスチャン・スレイター)の童貞卒業エピソードが強烈です。

聡明な修道士ウィリアム(ショーン・コネリー)に同行して要塞のように異様な佇まいのカトリック修道院を訪れたアドソ君。いつも口がポカーンと開いていて頼りなさげな様子が可愛い10代後半と思しき少年です。修道院内で不可解な連続殺人事件が発生し、アドソ君はウィリアムと共に捜査に乗り出します。

しかし、アドソ君は捜査のさなか、ぼろ雑巾のような服をまとい残飯をあさる美少女に一目惚れ。両者ともに言葉は交わさずとも視線が濃厚に絡み合います。すっかり心を持っていかれ、ウィリアムの話(本筋である殺人事件)が頭に入ってこない様子のアドソ君。

この要塞修道院はすっかり腐敗しきっており、下界の一般市民は修道院から落とされる残飯にすがる有様であった(『マッドマックス 怒りのデスロード』っぽい)、と。そしてその美少女も食料と引き換えに夜な夜な修道士たちに身体を売っていた事実が明らかになります。

偶然にもその場に紛れ込んでしまったアドソ君。薄汚れた美少女と再会を果たしますが、秒速で押し倒され、言葉を交わすこともなく情欲に身を任せた二人は燃え上がります。ロクに風呂に入ってなさそうな美少女の風貌(やはり臭そうではある)は気になるものの、童貞にとっては願ってもない奇跡の展開ですよ、これは。

名も知らぬ少女と身体を重ねたことで頭の中を支配されてしまったアドソ君は師であるウィリアムに懺悔をします。何でもお見通しのウィリアムは「お前は愛と情欲を混同しているのだ」と。10代のオトコにとって初体験は最重要課題です。その余韻にうなされるアドソ君にとっては信仰も、殺人事件(話の本筋)も100%どうだっていい状況のはず。

だから、アドソ君目線で本作を観たオトコも同様に「殺人事件なんかより美少女の話を!」となりますわな、当然。で、本作はその点にもちゃんと目配せができていて、この少女がちゃんと殺人事件に絡んでくるんですな。あろうことか、少女に殺人の容疑がかけられてしまい、火あぶりの刑に処されることが早々に決まってしまいます(!!)。

初恋にして初体験で燃え上がった相手が火あぶりで燃え上がってしまうなんてシャレにならん、ですよ。これはエグイ展開。なのでアドソ君も全力で事件解決に挑む、というわけですね。本当によくできた話だと思います。

すっごく単純かつ下世話な目線で観れば、これだけでも十分に面白い映画です。

映画『薔薇の名前』の一場面

IMDbより)

【竹コース】魑魅魍魎の棲むドロドロ修道院

本筋にあたる連続殺人事件はのちの『セブン』(1996)に影響を与えたのかな、と思いました。

両作ともに連続殺人事件は聖書からの引用をモチーフにしており、物語は7日間で描かれているという共通点があります。また、本作が持つおどろおどろしい雰囲気や描写(検死の場面など)は『セブン』にも似たテイストが見られましたしね。

そう、本作は格調高い文芸大作と言うよりも、ホラー映画(または怪奇映画)に近いような禍々しさがあります。権威的にそびえ立つ修道院はどう見ても魔物の棲みかで、動物の臓器が露わになる場面からは臭いが画面越しに漂ってきそうですし、登場人物はみな強烈に邪悪なヴィジュアルです。

ロン・パールマン演じるせむし男(歯が1本だけ)に、

映画『薔薇の名前』の一場面

IMDbより)

シスの暗黒卿(スター・ウォーズのね)にしか見えない老いた修道士、

映画『薔薇の名前』の一場面

IMDbより)

白玉団子のような美白デブハゲ、などなど。

映画『薔薇の名前』の一場面

IMDbより)


ちなみに白玉団子は↑の直後に溺死して、白玉団子入りの寒天とかします(違)。
いや~、ここまで来ると修道院でありながらも、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の棲む魔窟、という表現がしっくりきますね。

禍々しくも臭い立つという点では傑作『恐怖の報酬』(1977)がまさにそんな映画でしたが、『恐怖の報酬』が「魔境」だとしたら、本作は「魔窟」です。


その「中世の汚さ、醜さをありのままに」という描き方はなかなか僕の好みでした。細かいこたぁ解らなくても、このヴィジュアルだけでも十分に楽しめるのではないでしょーか。

正直、ミステリとしてはそこまでトリックが巧妙であるとは思いませんでしたが、まぁ良しとしましょうかね。

【松コース】中世キリスト教世界の暗部

ここは上級者向けというか、中世のキリスト教について教養のある人向けになってくるんですよねぇ。このレベルで本作を楽しむには「清貧論争」と「異端審問」は事前予習しておいた方が良いという話です。

かく言う僕もキリスト教の歴史について詳しくないのですが、少なくとも本作はキリスト教がその歴史において醜い権威化と内部抗争があったことを描いていることは解りました。

「信仰と狂気は紙一重だ」

「恐れが無くなると信仰は成り立たない」

・・・と、(うろ覚えながら)確かそんな台詞があったと記憶しています。

恐らく原作ではこの宗教的な背景がより細かく描かれているんでしょうけど、時間的制約のある映画版では少し消化不良の感がありますね。「清貧論争」と「異端審問」は知ってるでしょ?という前提で話が進んでいる部分があるので、その分野に詳しくない人は松コースは諦めて、梅コース、竹コースに集中した方が本作を純粋に楽しめる気がします。僕もそうでしたから。

僕の評価

6点/10点

タイレンジャー
タイレンジャー

まぁ、結局はアドソ君の祝!童貞卒業!に意識をすべて持っていかれます。

どうでも雑感

・アドソ君の初恋に関してはジャン=ジャック・アノー監督の後の作品『愛人 ラマン』とも共通していますね。老いし者の回想、生涯で一度の恋、情欲とない交ぜになった愛、無言の別れ、といった要素が。

・要塞のように威圧感を放つ修道院をかなり下から見上げるようなアングルで撮るカットがいいですね~。中世をリアルに再現した美術、衣装、メイク、撮影は素晴らしい仕事ぶりでは。

鑑賞方法

『薔薇の名前』は下記のVOD(ビデオ・オン・デマンド)にて配信中です。

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※本ページの情報は2021年1月時点のものです。最新の配信・レンタルの状況は各サイトにてご確認ください。

ジャン=ジャック・アノー監督作品

コメント

  1. 出張ライオン丸 より:

    劇場公開はシネスイッチ銀座・シネマスクエアとうきゅう等のミニシアター系と記憶してますが、実際に視たのはレンタルビデオでござった
    ( ^_^)
    ミステリー仕立てになっておりますが、主人公&師匠のコンビ以外は登場人物全員が怪しいので「犯人探し」の面での興味は薄く、中世キリスト教修道院の不気味さだけが印象に残っておる次第
    ( ^o^)

    • ライオン丸殿、いつもながらご出張ありがとうございます。
      ショーン・コネリー主演の歴史大作というイメージでしたので、ミニシアター系での上映とは意外でした!
      仰る通りでミステリーとしてはそんなに面白くはないんですよね(原作のほうが良いのでしょうが)。
      横溝正史の作品のようなおどろおどろしいホラー的な雰囲気は楽しめましたね。
      スケキヨと同じ死にざまの人も出てきますし!

      • キャン より:

        先日『ブルーベルベット』の色んなレビューを読んでいる時にも思ったんですけど、レビューする人によって全く違う作品を見てるんじゃないかってくらい印象が変わるんですね。
        なるほどそれは、みんなそれぞれに別のコースから登山してたからなんですね~。
        言い得て妙だなと思いました。

        それにしてもクリスチャン・スレイター、若いなぁ!

        • 楽しみ方が1パターンでないところが、映画も登山も共通してるんですよね。
          僕なんかは登山コースから外れてひとり遭難するタイプですけど(笑)。

          いつからかクリスチャン・スレイターは破天荒なオッサンになっちゃいましたが、この頃は童貞感が出ていてなんだか可愛いですね。