『ナイチンゲール』(2018) 女性視点で描く【オーストラリア鬼畜史】

映画『ナイチンゲール』の一場面 ドラマ
(C)2018 Nightingale Films Holdings Pty Ltd, Screen Australia, Screen Tasmania.
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私事ですが、ウチの嫁が「母親」になってから7か月が経とうとしています。

僕も傍で見ていてようやく「母親の心境」というものが少しは理解できるようになってきました。同時に母親よりも「我が子を案じる心」に勝るものはないということもよく分かりましたね。

僕がそんな境地に達したからこそ、本作『ナイチンゲール』は母親の痛みというものが虫唾が走るレベルで突き刺さるように感じられました。ハッキリ言って、幼い子を持つ人には薦めにくい鬼畜な内容ですし、逆に、だからこそ価値があるとも思える作品です。


タイレンジャー
タイレンジャー

ポイントはジェニファー・ケント監督の作家性です。

作品概要

2018年製作/136分/R15+/オーストラリア・カナダ・アメリカ合作
原題:The Nightingale
配給:トランスフォーマー
監督・脚本:ジェニファー・ケント
撮影:ラデック・ラドチュック
音楽:ジェド・カーゼル
出演:アイスリング・フランシオシ/サム・クラフリン/バイカリ・ガナンバル/デイモン・ヘリマン/ハリー・グリーンウッド/ユエン・レスリー/チャーリー・ショットウェル/サム・スミス ほか

イギリス植民地時代のオーストラリアを舞台に、夫と子どもの命を将校たちに奪われた女囚の復讐の旅を描き、2018年・第75回ベネチア国際映画祭コンペティション部門で審査員特別賞ほか計2部門を受賞したバイオレンススリラー。19世紀のオーストラリア・タスマニア地方。盗みを働いたことから囚人となったアイルランド人のクレアは、一帯を支配するイギリス軍将校ホーキンスに囲われ、刑期を終えても釈放されることなく、拘束されていた。そのことに不満を抱いたクレアの夫エイデンにホーキンスは逆上し、仲間たちとともにクレアをレイプし、さらに彼女の目の前でエイデンと子どもを殺害してしまう。愛する者と尊厳を奪ったホーキンスへの復讐のため、クレアは先住民アボリジニのビリーに道案内を依頼し、将校らを追跡する旅に出る。主人公クレア役はドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」のアイスリング・フランシオシ、ホーキンス役は「あと1センチの恋」のサム・クラフリン。ビリーを演じたオーストラリア出身のバイカリ・ガナンバルが、ベネチア映画祭でマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)を受賞。監督は「ババドック 暗闇の魔物」のジェニファー・ケント。

映画.comより)

予告編

『ババドック』監督のリベンジ・スリラー『ナイチンゲール』予告編

感想・考察(ネタバレなし)

女性監督ならではの「母親の生き地獄」

本作の監督・脚本を務めたのはジェニファー・ケントというオーストラリア出身の女性です。

ケント監督の前作にて長編デビュー作にあたる『ババドック 暗闇の魔物』と本作を比較すると、彼女の作家性というものが明確に浮き彫りになります。両作品に共通するのは「母親にとって決して起きてほしくない事態が身に降りかかる悪夢」を描いているという点です。

『ババドック 暗闇の魔物』は7歳の息子を育てるシングルマザーが次第に憔悴、発狂していく過程を描いたホラー映画でした。ただでさえ大変なワンオペ育児に、発達障害なのか神経を逆撫でる言動ばかりの息子、そしてその息子が魔物によって奪われる恐怖感。

「母親であることの苦しみ」の一点をグリグリ~と突いてくる内容のため、これから母親になろうとしている人には決して観させてはいけない映画だと思います。

DVD『ババドック 暗闇の魔物』予告編

で、ケント監督の長編第二作目にあたる本作もまた、「母親にとっての生き地獄」を描いた映画なのでした。

アイルランド人の女囚、クレアはイギリス人の鬼畜将校にレイプされまくった挙句、目の前で夫と赤子の命を奪われてしまいます。無力な自分だけが生き残ってしまったこの状況は、まさに生き地獄。

そして、地獄を見る母親はクレアだけでなく、中盤に登場する先住民の女性もそうなのです。この人もまた、イギリス鬼畜将校によって夫と子から引き離されてしまい、性玩具扱いを受けます。

目も当てられないほども凄惨な展開ですが、女性監督がこのような「母親にとって考えうる限りで最悪の展開」ばかりを描くのは興味深いですね。

クレアの母乳が服に染み出してしまう描写は「赤ちゃんを亡くしてしまった」ことを端的に強調する女性視点ならではのディテールで良かったです。

映画『ナイチンゲール』の一場面

(C)2018 Nightingale Films Holdings Pty Ltd, Screen Australia, Screen Tasmania.

白馬の王子様は、鬼畜レイプ魔

クレアをレイプしまくるイギリス人将校がどんな脂ぎった醜いオッサンなのかと思いきや、実はこれがシュッとしたイケメンなのです。

ディズニーのプリンセス映画に出てきそうな「白馬の王子様」的なルックスなので、日本の女子にも人気が出そうな感じです。そんな白馬の王子様が先住民族を「動物」扱いし、女性を「性玩具」扱いするのですから、ギャップが凄いですね。黙っていればイケメン、喋らせたら鬼畜です。

映画『ナイチンゲール』の一場面

(C)2018 Nightingale Films Holdings Pty Ltd, Screen Australia, Screen Tasmania.

なぜわざわざイケメン設定にしたのかなーと考えてみましたが、外面の良い対外的な「オーストラリア史」の象徴なのかもしれないなぁと思いました。

そもそもイギリス人がオーストラリア大陸を「開拓」した歴史は、ホロコーストも真っ青の人種差別・大量虐殺を抜きにしては語れません。

1788年からのイギリスによる植民地化によって、初期イギリス移民の多くを占めた流刑囚はスポーツハンティングとして多くのアボリジニを虐殺した。「今日はアボリジニ狩りにいって17匹をやった」と記された日記がサウスウエールズ州の図書館に実際に残されている。

1803年にはタスマニアへの植民が始まる。入植当時3,000〜7,000人の人口であったが、1830年までには約300人にまで減少した。虐殺の手段は、同じくスポーツハンティングや毒殺、組織的なアボリジニー襲撃隊も編成されたという。数千の集団を離島に置き去りにして餓死させたり、水場に毒を流したりするといったことなども行われた。

また、1828年には開拓地に入り込むアボリジニを、イギリス人兵士が自由に捕獲・殺害する権利を与える法律が施行された。捕らえられたアボリジニたちは、ブルニー島のキャンプに収容され、食糧事情が悪かったことや病気が流行したことから、多くの死者が出た。

これによりアボリジニ人口は90%以上減少し、ヴィクトリアとニューサウスウェールズのアボリジナルの人口は、10分の1以下になった。さらに1876年には、タスマニア・アボリジナル最後の生存者である女性のトルガニニが死亡して、多い時期で約3万7千人ほどいた純血のタスマニアン・アボリジニが絶滅した。

Wikipediaより)

このような歴史のもとに成り立っているのがオーストラリアであり、本作の舞台であるタスマニアなのですが、どうしてもこういった歴史は時間の経過と共に臭いがしなくなり風化していくものです。実際にこの史実を知らない人も少なくないかと思います。

こいうった史実が語られずに、観光的なイメージのみで語られるのが今の外面の良いオーストラリア=イケメン将校、という。で、見た目の良いイケメン将校も実は・・・と、ジェニファー・ケントがオーストラリアの暗黒史を内部告発するかような映画ですな。

僕の評価

7点/10点

タイレンジャー
タイレンジャー

エグい内容ですが、一見の価値ありです!『ババドック』とセットで観るのもオススメです。

どうでも雑感

・ただ、後半はお話の展開やディテールに少し雑な部分がありました。親切な白人老夫婦の登場は取って付けたような印象がありますし、撃たれたビリーの超人的な生命力もリアリティを欠くなぁと。

・クレア役のアイスリング・フランシオシは良かったですね。美人だけど、どこにでもいそうな庶民感があって、リアリティのある人物像になったと思います。

鑑賞方法

『ナイチンゲール』は下記のVOD(ビデオ・オン・デマンド)にて配信中です。

・U-NEXT |31日間無料トライアルキャンペーン実施中

U-NEXT

・TSUTAYA TV |30日間無料お試し期間実施中

※本ページの情報は2020年12月時点のものです。最新の配信・レンタルの状況は各サイトにてご確認ください。

本当は知られたくない人種差別の歴史

コメント

  1. トシ より:

    タイレンジャーさん、うわー、すごい進化ですね。驚きました。なんか高校生からいきなり大学院生になられたかのようです。
    こちらでタイレンジャーさんの映画愛にあふれたレビューを引き続き楽しませていただきます!

    • トシさん、各ブログへのWコメントをありがとうございます!
      「高校生から大学院生」の表現は恐縮ですが、素敵なので僕もどこかで使わせて頂きます(笑)。
      このまま社会人を目指して頑張りますー!

  2. じんちゅ より:

    タイさん。引越しおめでとうございます。なんだかメチャクチャカッコいい作りのブログですね!!!
    「ナイチンゲール」ですが、何かのきっかけで知ったあらすじから面白そうだなぁと思ってたのですが、ここまで重そうな内容なんですね。本当に適当で薄っぺらい予想をするとディカプリオの「レヴァナント」の女性版ってな感じでしょうか。年末年始の休みにでも鑑賞してみたいと思いました!

    • じんちゅさん、お褒めの言葉をありがとうございますー!
      そう!女性版、オーストラリア版、の『レヴェナント』っぽい感じはあります。
      スカッとしない復讐劇、という感じもまた似てるんですよね。
      多少の粗はありますが、オーストラリアの血みどろ史を啓発する意義深い映画でした。

  3. ブー より:

    す、すごいですぶー!!!パワーアップしてますぶ!!!あわあわ。。。これからも読ませていただきますぶー!!!

  4. スモク より:

    タイレンジャーさん、
    ご栄転おめでとうございますw
    タイレンジャーさんのブログ楽しみだったので、こちらにもまた遊びに来ますね!

    • スモクさん、新ブログへお越しのうえコメントまで頂き嬉しいです!
      栄転かどうかは分かりませんが、できるだけ好き勝手に書いていこうと思います。
      今後もスモクさんのブログを拝読させて頂きますね!