『ボクシング・ヘレナ』なぜ奔放な美女の手足は切断されたのか

映画『ボクシング・ヘレナ』の一場面 サスペンス
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両手足を切断されるほど愛された。って話ですね。

デヴィッド・リンチの娘であるジェニファー・リンチの監督デビュー作にして、そのセンセーショナルな内容、さらには超絶不評を買ったことでも知られる、ある意味では伝説的な映画です。

ま、確かに脚本も演出も悪く、ポンコツ映画の部類なのは確かですが、僕はなかなか笑えて楽しめましたのでそのお話を。

タイレンジャー
タイレンジャー

手足切断と言っても、グロは無し。エロ、ゲスなだけなので観やすいですよ。

作品概要

1993年製作/アメリカ
原題:Boxing Helena
配給:ヒューマックス=ギャガコミュニケーションズ
監督・脚本:ジェニファー・チェンバース・リンチ
撮影:フランク・バイヤーズ
音楽:グレーム・レベル
出演:シェリリン・フェン/ジュリアン・サンズ/カートウッド・スミス/ビル・パクストン/アート・ガーファンクル/ベッツィ・クラーク/ブライアン・スミスニ/コレット・スコセッシメグ・レジスター ほか

愛する女の手足を切断し、自分の部屋に監禁する異常な男の姿を描いたラヴ・ストーリー。主役を演じる予定だったキム・ベイシンガーの途中降板が話題になった。監督・脚本は、「ツイン・ピークス ローラ・パーマー最期の七日間」の監督デイヴィッド・リンチの娘で、本作が第一回監督作品となるジェニファー・リンチ。製作はカール・マッツォコーネと原案を兼ねるフィリップ・キャランド。エグゼクティヴ・プロデューサーはジェームズ・シェイファーとラリー・シュガー。撮影はフランク・バイヤーズ。音楽はグリーム・レヴェルが担当。主演は「二十日鼠と人間」のシェリリン・フェン、「ヴァージニア」のジュリアン・サンズ。他に「ジェラシー」などで役者としても活躍するサイモン&ガーファンクルのアーサー・ガーファンクル、「いまを生きる」のカートウッド・スミス、「トレスパス」のビル・パクストンなど。

映画.comより)

予告編

BOXING HELENA TRAILER

感想・考察(ネタバレなし)

母親の幻影を追い求める「少年」

ざっくりと要約すると、愛する女性の四肢を切断して監禁する男が主人公という映画です。

主人公は外科医のニックという男なのですが、この人物の設定がなかなか興味深いですね。

裕福な家庭に生まれながらも、本当の意味で両親から愛されたことがなく、特に自己中心的で性的にも奔放であった母親から愛情を受けられなかったことが彼のトラウマ。そう、マザコンなのです。

ニックには献身的に支えてくれるマトモな彼女がいながらも、彼女とは性的に結ばれていません。どんなに試みても、ニックが挿入前に発射してしまうのです。盛り上がってきて、いざ出陣!というところでニックが「あああああぁぁ~~~」と。優しい彼女は「いいのよ」とニックをなだめます。

(この件は発射まで2秒だの3秒だのという言及があったりして笑わせてくれます。ニックにとっては紛れもない悲劇なんですが)

フライングのせいで挿入まで至らないというのは、ニック自身がまだ一丁前のオトコになりきれていないことを表していると考えられます。それは不倫しまくっていた母親の件があったため、性的な行為に無意識の抑圧を感じていたのでは。

または、母親のようにクソビッチで攻撃的な女性しか愛せなくなってしまっているのだと思いますね。ニックの内面は母親の幻影を追い求める少年のままなのです。

そんなニックが過去に一度だけベッドインした相手であるヘレナという女性と再会したことから浮足立ちます。その妖艶な魅力で男をとっかえひっかえし、自分の気分や都合で簡単に男を捨てる魔性の女がヘレナです。彼女こそまさにニックの母親と同タイプ!というわけなんですなぁ。

ドSなヘレナはドMなニックの想いを知りながらも、彼を嘲笑するような言葉を浴びせ、さらには彼の前で他の男にお持ち帰りされたりとやりたい放題です。「ニック、こんな女のどこがいいんだよ・・・」と観客は誰もが疑問に思うでしょうが、これがニックにとってはイイんですよ(笑)。

めでたく「母親と同等のクソビッチ」に認定されたヘレナは、ニックの姑息な計画にまんまとハメられ、監禁の憂き目に遭います。しかも、目覚めたときには彼女の両脚が無い。ニックの屋敷を立ち去るときに轢き逃げ事故に遭い、ニックの治療の甲斐なく両脚が切断されていたという。

ニックは母親から得られなかった愛情を同タイプのヘレナから得ようと、監禁でありながらも優しく彼女の生活の面倒を見ます。いつしか、ヘレナの心が彼に向くことを願いながら・・・。

映画『ボクシング・ヘレナ』の一場面

IMDbより)

なぜヘレナの手足は切られたのか

拉致監禁などの被害者が加害者に対して好意的な感情を抱くことをストックホルム症候群といいます。

映画の中ではこれに期待をする監禁野郎が実に多くて、もはや一大人気ジャンルなのではとすら思えます。当ブログで扱った『完全なる飼育』『愛は、365の日々で』のほかにも名作『コレクター』(1965)なんてのもありますね。

本作のニックは自身を加害者だと思ってなさそうですが、やっていることはまさにそれであり、ヘレナの両手足を無くしてしまうという点が他のどの映画とも違っています。

この手足を無くすというのは、単に刺激的な要素として物語に織り込まれているのだけでなく、比喩でもあります。控えめに言って自由奔放であるヘレナの「自由を奪う」というニックの願望の表れでもあるからです。

その点を踏まえれば、終盤のドンデン返しにもある程度の納得はできます。このオチに呆れる映画ファンは多かったようで、トンチンカンな人物描写と並んで本作の評価が低い一因になっていると考えられます。でも、「監禁」「四肢切断」があくまでニックの願望の具象化だとしたら?と考えるのもアリだと思いますね。まぁ確かにポンコツ展開かもしれませんが、理解はできますよ。

ニックの屋敷に置かれてあるミロのヴィーナス像(両腕が無い)が何度も映ることが象徴的ですが、両腕が無くてもミロのヴィーナスが美しいように、本来は自由である人物が不自由になることにポジティブな感情を持っているように思えるのがニックという男なんですよね。

終盤、とある人物が四肢のないヘレナを目にして「こんな醜い姿に・・・」と発言したのに対し、ニックが「今でも彼女はウツクシイ!!」と叫んだことが感動的なのか、倒錯的なのか、観る者も心をかき乱される展開がありますから。

僕の評価

7点/10点

タイレンジャー
タイレンジャー

ポンコツですが、それなりに愛嬌があります。あまり深刻に受け止めずに距離を置いて観れば笑えるはず。

どうでも雑感

・タイトルのBoxingというのは「箱詰めされた」、つまり監禁されたヘレナのことを表しています。

・ニックを演じたジュリアン・サンズのマザコン演技がなかなか板についてましたね。フニャフニャした喋り方におぼつかない所作、とモテない要素はばっちりです。

・ヘレナを演じたシェリリン・フェンは『ツイン・ピークス』のオードリー役で知られる女優。どこかクラシカルな時代の女優を思わせる風貌なのですが、鋭角的すぎるへの字眉毛が個人的には苦手。「たわわ」なお身体を惜しげもなく見せる脱ぎっぷりの良さはありますが。

・しっかし、ジェニファー・リンチは父親とは違って音楽センスは無かったな・・・。ムーディーな場面での挿入歌がダサい・・・。

鑑賞方法

『ボクシング・ヘレナ』はあいにくVOD(ビデオ・オン・デマンド)にて配信されておりません。

※本ページの情報は2021年1月時点のものです。最新の配信・レンタルの状況は各サイトにてご確認ください。

偉大なる父、デヴィッド・リンチ監督作品

コメント

  1. キャン より:

    こないだデヴィッド・リンチデビューを果たした僕としては、微妙にタイムリーな作品です。
    ていうか、娘さんも映画監督だったんですね。
    世間の評価はあれかもですが、主人公のフライング発射のシーンで心を掴まれる自信があります!
    ドMがドSの手足をチョン切って監禁するというのも倒錯的でいいじゃないですか!
    まぁ、音楽が微妙なのはかなり気になってしまいそうではあります。

    • たしかにキャンさんの『ブルー・ベルベット』とは奇しくもリンチ繋がりでしたね!
      かなり倒錯的で際どい内容なのですが、脚本、演出、演技に愛すべき間抜け感があって観やすい映画になっていますよ~。
      ニックのフライング発射の場面は単にその描写だけでなく、もう一捻りしてあるので必見です。

  2. じんちゅ より:

    ボクシングヘレナ、タイトルは聞いたことあるけど、観たことない映画でした。
    なかなか面白そうな映画ですね。最後のオチもどうなるのか気になりました。

    しかもリンチの娘さんが監督なんですね。

    本作とはすこし話がそれるのですが、つい先日、(そういや、「インタビュー・ウィズ・バンパイア」の原作者が映画化されるにあたってレスタト役は~~~をイメージしてたのにトム・クルーズに決まった時、すごく落胆してたけど、実際に出来上がった映画をみてトム・クルーズを絶賛してたって話が合ったような気がしたけど、自分の記憶の中では~~~はルトガー・ハウアーだったようなきがしたけど、だれだったかなぁ)とおもい検索してみたら、ジュリアン・サンズって名前。え?全然ルトガー・ハウアーじゃない、ていうかジュリアン・サンズって誰やねん。とおもってさらに検索したら、結構なイケメン画像がでてきたんですが、、、その後はジュード・ロウ化したんですね。

    とすみません、完全な独り言でした。

    • じんちゅさん、いつもコメントをありがとうございます。
      本作のオチに憤慨したり呆れる人が多いようです(と書くと何となく察しがつくかもしれません)が、僕としては納得でした。
      出来のいい映画ではありませんが、今になって観れば愛嬌のある変態映画です。

      『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』のレスタト役のひと悶着ありましたね~。
      僕も原作者の希望はルトガー・ハウアーだったと記憶しています。なんでもブレランが好きだったということでレスタトはバッティのイメージだったんでしょうね。
      でも、ジュリアン・サンズがモデルとは初耳でした。アブナイ雰囲気は似ているのかもしれません。
      ジュリアン・サンズは本作でも既に生え際が危うい感じで、画面に映るたびに生え際に目がいってしまうんですよね。
      ヘレナをわが物にしようという前にその髪型はなんとかならんのかと(笑)。
      役柄はぜんぜんイケメンではなくて、フニャフニャした女々しい男(モテ要素なし!)というのが面白かったです。

  3. じんちゅ より:

    ありがとうございます!
    やっぱルドガー説って自分だけの記憶違いじゃないんですね!Wikipedia見てたら、ジュリアン・サンズとあったのでテッキリ私の記憶違いかと思ってたらタイさんのコメントみてもう一回検索してみると、多くのルドガー説が引っかかってきました。Wikipedia信じ過ぎてました。

    • ですよね~!
      とは言ってもルトガーがレスタトを演じるには当時は既に歳をとり過ぎているはずなので、合わなかっただろうなとも思います。
      結果的にはトムクルで良かったのではないでしょうか。
      逆に言うと、ブレラン以前のルトガー主演での『インタビュー~』は観てみたかったですね。