美女モニカ・ベルッチが9分間にも及ぶ陰惨な被レイプシーンを演じたことで悪名高い本作。
今回、15年ぶりに観ましたが、当時とは真逆の印象を受けました。
映画に限らず、本や音楽などは接する時期によって受ける印象がまるっきり変わったりするもんだから面白いですよね。不思議なもので、時が経つとかつては理解不能だったものがスッと受け入れられるようになったりします。

印象が変わったのは「ギャスパー・ノエの作家性」というものが理解できるようになったからだと思います。
作品概要
2002年製作/98分/R18+/フランス
原題:Irreversible
配給:コムストック
監督・脚本・編集:ギャスパー・ノエ
撮影:ギャスパー・ノエ/ブノワ・デビエ
音楽:トマ・バンガルテル
出演:モニカ・ベルッチ/ヴァンサン・カッセル/アルベール・デュポンテル/フィリップ・ナオン/ジョー・プレスティア ほか
パーティからの帰り道で、若い女性アレックスがレイプされる。それを知った彼女の婚約者はその復讐をしようと犯人を探し、彼女の元恋人はそんな彼を落ち着かせようと彼に同行する。監督は「カルネ」「カノン」のギャスパー・ノエ。「マレーナ」のモニカ・ベルッチと「ジェヴォーダンの獣」のバンサン・カッセルが共演。音楽はDAFT PUNKのトマ・バンガルテルが担当。
(映画.comより)
予告編
感想・考察(ネタバレなし)
15年前の本作の印象
15年前の僕の本作への評価は否定的なものでした。
・旬な女優にレイプシーンを長々と演じさせたり、現在から過去へと逆行していく時系列など、「奇策」のみが前面に出過ぎていて鼻につく。
・キッドマン、クルーズ、キューブリック(『アイズ・ワイド・シャット』)ならぬ、ベルッチ、カッセル、ノエでぶちかますキューブリック意識も鼻につく。『2001年』のポスターが出てくるし、アレックスは『時計じかけのオレンジ』の主人公の名だし。
・後半(過去)はマジで退屈で早送りで観た。
・ギャスパー・ノエのオレ様感。いや、ノエ様感か。
・まぁー、時系列を逆にしたことで、悲惨な事件の前の何気ない日常がより輝きを増す(いたたまれなくなる)という狙いは分かるけど、ちょっと小手先で誤魔化してない?
…てな感じでしたね。
ところがどうでしょう。15年ぶりに観るとこれが実に面白いのです!
(IMDbより)
アドリブ的な撮影手法になったウラ事情
まず、すごく納得がいったのは、妙に小手先感のあった物語は本当に「急ごしらえ」だったという事実です。
ノエがインタビューで明かしていますが、当初はベルッチとカッセル主演で『LOVE 3D』を撮ろうとしていたそうです。
しかーし、あまりに過激な性描写のてんこ盛りに、実生活でも夫婦でもある2人が「それはちょっと…」となり、「2人が主演なら金は出す」というスポンサーの意向も尊重した結果、代案として企画されたのが本作であったとのこと。
※ノエの念願の企画であった『LOVE 3D』はその後、2015年に完成。
つまり主演のベルッチとカッセルがOKな内容であることが前提で、映画をゼロから作らねばならなかった、という事情がひとつ。急ごしらえな分、台本は最低限の内容しか書かれておらず、大半の台詞は即興であったそうです。
ゆえに作品の仕上がりとして「よく練られた感」は無く、見切り発車の勢いと演技の生々しさが前面に出ていますね。
(IMDbより)
他作品ともリンクするノエの死生観、人生観
ま、そんなウラ事情は差し引いて観たとしても、この映画はノエ様感が存分に発揮されています。
いちばん分かりやすいのが「生と死は相反せず、表裏でもなく、同じ流れにある」という死生観と、【死→生の転生】のイメージですね。これはノエの作品の多くに共通している要素です。
本作は死と暴力に塗りつぶされた前半が、後半には生の喜び(または無意味な享楽)に転じていくという時間軸の逆行そのものが実にノエらしい表現だと感じました。
本作の後の大傑作『エンター・ザ・ボイド』では死後の臨死体験で走馬灯のように過去を振り返るというのをやっていて、これは本作で言うところの時間軸の逆行を別の切り口でやっているわけですね。言わばバージョン違いです。こういう作品同士の繋がりが見えてきたのも楽しかったな、と。
原題のIrreversibleが「取り返しのつかない」という意味であるように、本作に限らずノエの映画では些細なことから人生の道を大きく踏み外してしまう話が多いです。後悔先立たず、と言うと説教臭く聞こえますが、ほんの誤った判断や場当たり的な欲望のせいで結果として絶望の底に突き落とされるような悲劇ばかりですね。
そして時間というものは本当に残酷なもので、決して覆ることのない絶対的なもの。人生を踏み外しても覆らない。「時は全てを破壊する」という台詞はそういう意味でしょうね。
本作の冒頭でいきなり全裸のオッサンが出てきて「俺はムショ入りしていた。実の娘と寝たからだ」と語り出すのですが、演じているフィリップ・ナオンは『カルネ』『カノン』の肉屋オヤジなんです。人生踏み外しの代表格が言う「時は全てを破壊する」は妙に説得力がありますわ…。
(IMDbより)
時間の逆行と共に、人物の印象も反転する構成
あと、本作はレイプシーンについてばかり語られがちなんですが、それはノエにとっては心外でしょうね。確かに重要なシーンのひとつですが、それは森の中の一本の木に過ぎません。
本作を全体的に見渡すと、登場人物がどのような人間性であるかが後半から徐々に明らかになってくる構成になっています。特にマルキュスとピエールの2人は前半で受ける印象とは違う一面が見えてくるので、小出しにする人物描写もまた終始見どころのように思えます。
そんな中でもマルキュス、ピエール、アレックスの3人が地下鉄に乗る場面なんかは「オレよりコイツのセックスのほうがいいわけ?コイツのセックスなんて猿並みだろ〜。え?イッたの?マジで?俺の時はイカなかったよね?だよね?どーなのよ?ねぇ、教えてよ」てな会話が乗客の多い車内で堂々と繰り広げられていて笑いました。
それまで思慮深い印象だったピエールの化けの皮が剥がれた瞬間です。良い人の嫌な一面が見えてくるのって映画としてカタルシスありますよねぇ。
なんだ、これはいい映画だったのか。15年経って、僕の映画の見方が変わったことが本作を受け入れられるようになった要因でしょうが、それ以上にノエ耐性が付いたのが大きいかもしれません。ノエの映画を見続けるという特殊訓練(笑)の賜物かと。
ノエに興味がある方はぜひ『カルネ』から順番に観てほしいですね。
僕の評価
8点/10点

急ごしらえゆえに、かなり粗削りな映画ではありますが、ノエの作家性が存分に発揮されており、非常に見応えがありました!
どうでも雑感
・音楽を担当したのがダフト・パンクのトーマ・バンガルテル(背が高いほう)で、序盤の地下ゲイクラブでの歪な電子音楽はノエの世界観に見事にマッチしましたね!
・序盤で消火器で男の顔面がグチャグチャに潰されるシーンがありましたが、松本人志が雑誌の連載「シネマ坊主」で「どうやって撮ったのか分からない!」と書いていたのが印象的でした。
鑑賞方法
『アレックス』はアマゾン・プライムでのみ配信中です。
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※本ページの情報は2020年11月時点のものです。最新の配信・レンタルの状況は各サイトにてご確認ください。
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