『いとしのエリー』・・・じゃなくて『ぼくの エリ200歳の少女』の原作者による、これまた似たような内容の小説を映画化した作品です。
閉鎖的な北欧を舞台に、社会からの疎外を感じている主人公が「異形」である存在との繋がりを持つことで自己肯定感を得るようになるという話が同じですね。
でも、これって端的に言うと『X-MEN』とも似ているんですよね。その心は?

でも、そこはさすがに北欧ですから、『X-MEN』とは似ても似つかぬゲテモノ芸術祭になっています。
作品概要
2018年製作/110分/R18+/スウェーデン・デンマーク合作
原題:Grans/Border
配給:キノフィルムズ
監督:アリ・アッバシ
原作:ヨン・アイビデ・リンドクビスト
脚本:アリ・アッバシ/イサベラ・エクルーフ/ヨン・アイビデ・リンドクビスト
撮影:ナディーム・カールセン
音楽:クリストファー・ベリ/マーティン・ディルコフ
出演:エヴァ・メランデル/エーロ・ミロノフ ほか
「ぼくのエリ 200歳の少女」の原作者ヨン・アイビデ・リンドクビストが自身の原作をもとに共同脚本を手がけ、第71回カンヌ国際映画祭ある視点部門でグランプリを受賞した北欧ミステリー。醜い容姿のせいで孤独と疎外感を抱える税関職員ティーナには、違法な物を持ち込む人間を嗅ぎ分けるという特殊能力があった。ある日、彼女は勤務中に奇妙な旅行者ボーレと出会う。ボーレに対し本能的に何かを感じたティーナは彼を自宅に招き、離れを宿泊先として提供する。次第にボーレに惹かれていくティーナだったが、ボーレにはティーナの出生にも関わる大きな秘密があった。
(映画.comより)
予告編
感想・考察(ややネタバレ)
多数派の中の「異形者」
まず、人間社会の中の少数の「異形者」を描いているという点が、本作と『X-MEN』の基本的な共通点です。「異形者」というのはもちろん本作でのトロル、『X-MEN』におけるミュータントのこと。
もちろん人間社会の中にも多様な価値観がありますが、「異形者」の価値観はその中には属しておらず、容姿や能力が人間たちと異なることからも社会的な疎外感に苦しんできた人々です。
また「異形者」たちは時に人間たちから差別・迫害を受けることもあり、結果的に両者が対立するという「多数派 VS. 少数派」の構図も両作品の根底にあると考えます。
そもそも『X-MEN』の原作コミックは、現実世界の社会的マイノリティをミュータントに置き換えて描いた話だとも言われているそうで。
ミュータントと一般の人間の紛争は、ユダヤ人、アフリカ系アメリカ人、社会主義者、LGBTなどの、アメリカでのマイノリティたちが経験したことだといわれている。
Wikipediaより
この物語の根底には、公民権の問題が潜んでいる。ミュータントは迫害を受ける人種的・宗教的マイノリティの暗喩であると見られることがある。プロフェッサーXはアフリカ系アメリカ人の公民権運動の指導者、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアに、マグニートーはマルコムXに喩えられる。またマグニートーはホロコーストの生き残りであり、反ナチス・ドイツのメタファーとされる。
さらに、本作の監督、アリ・アッバシはイラン系デンマーク人だそうで、イランの大学を卒業後、欧州に移住して映画製作を学んだのだそうです。彼のデンマークの中での「異邦人」としての視点も作品に反映されていそうですね。
このように両作品ともに少数派の視点を生かした物語になっています。そして、人との違いに苦しんできた者が、同種の者と関わりを持つことによって、自分が人間ではなく「そっち側」の存在として居場所を見つけるという流れも似通っています。
(C)Meta_Spark&Karnfilm_AB_2018
復讐か、共存か
本当の自分を知り、あらたな居場所を見つけても幸せは長く続きません。「そっち側」の中にもまた対立する価値観が存在するからです。『X-MEN』で言うところの、人間への復讐のためテロリストとなったマグニートーと、人間とミュータントの共存をめざすプロフェッサーXです。復讐か、共存か。この対立の構造が『X-MEN』シリーズにおける大きな軸になっています。
ついでに言うと、『もののけ姫』での自然界の代表として人間への復讐を誓うサンと、人間界と自然界の共生を模索しようとするアシタカの関係にも少し似ていますね。
本作で言うと、人間界で育ちながらも、本性は「異形者」である主人公は両世界の狭間で揺れ動くことになります。人間界には居心地の悪さを感じながらも、彼らに対する復讐を良しとはしないのです。そして、二つの世界に板挟みになる主人公というのはヒーローものの映画ではよくあるパターン。
やはり本作は『X-MEN』を北欧を舞台にできるだけ現実世界に溶け込むような話にアレンジしたのではと感じられます。もちろん仕上がりは全く異なるものですが、扱うテーマ(しかも重層的)に共通項が多いのですよね。
(C)Meta_Spark&Karnfilm_AB_2018
トランスジェンダー的な設定
もうひとつ本作で興味深いのが、人間にあらざるトロルはある意味、性的不一致な存在だということです。ヴォーレは見た目は完全にむさ苦しい男ですが、女性器を有しているという設定になっています。
ここで思い出されるのは『ぼくのエリ 200歳の少女』にもそんなトランスジェンダー的な設定があったことです。この原作者は本当にこういう要素が好きですね。この人自身がLGBTなのかな?と短絡的ながらも思います。
で、また『X-MEN』の話を被せますが、2000年以降の映画版において「ミュータント=同性愛者」の暗喩のニュアンスを持たせたのは自身も同性愛者であるブライアン・シンガー監督です。彼らが多数派の社会の中で感じている疎外感は同性愛者も人種的マイノリティもミュータントも同質のものだ、というわけですね。
このように(意外にも)何から何まで『X-MEN』と符合する本作ですので、「アメコミをあくまで北欧っぽく仕上げてみました」映画という視点で観てみるのも一興ではないでしょうか。
僕の評価
7点/10点

観る人を選ぶ映画でしょうけど、本質的には『X-MEN』と同じですよ。表現が少し違うだけ。
どうでも雑感
・中盤で世にもおぞましい性交シーンが出てきますが、Amazonプライムのレンタル配信では肝心の局部にボカシが入ってしまっていて、「ただの卑猥な描写」扱いになってしまっています。本来、ボカシやモザイクを入れるのは、映っているものがポルノ的な意図であることが前提のはずですが、本作にはもちろんそんな意図があるはずもなく、ボカシが入ることで作り手の意向がねじ曲げられてしまった形です。
・雷を怖がるというのがトロルの習性なんですかね。
・赤ちゃんがいるご家庭にとってはとんでもない悪夢的な展開があります。
鑑賞方法
『ボーダー 二つの世界』は下記のVOD(ビデオ・オン・デマンド)にて配信中です。
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※本ページの情報は2021年1月時点のものです。最新の配信・レンタルの状況は各サイトにてご確認ください。
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