『最初に父が殺された』【感想・解説】4年間で200万人が消えた国、カンボジア

映画『最初に父が殺された』の一場面 ドラマ
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1970年代のカンボジアで僅か3年8ヶ月の間に200万人もの国民が亡くなったと言われるポルポト政権時代を描いた作品。200万人というのは当時の国民の4分の1に相当する。
撮影は実際にカンボジアで行われ、出演者もカンボジア人。台詞も全てクメール語。

タイレンジャー
タイレンジャー

長年カンボジアに携わり、カンボジアに移住してしまった僕にとっては語りがいのある映画です。

作品概要

原題:First They Killed My Father
2017年/アメリカ/136分
監督:アンジェリーナ・ジョリー
原作:ルオン・ウン
脚本:ルオン・ウン/アンジェリーナ・ジョリー
撮影:アンソニー・ドッドマントル
音楽:マルコ・ベルトラミ
出演:スレイ・モック・サリウム/ポーン・コンペーク/スウェン・ソチェアータ ほか

アンジェリーナ・ジョリーが監督・脚本・製作を手がけ、クメール・ルージュ支配下のカンボジアで過酷な少女時代を送ったルオン・ウンの回想録「最初に父が殺された 飢餓と虐殺の恐怖を越えて」を映画化したNetflixオリジナル作品。1970年代、内戦下のプノンペン。少女ルオンは政府の役人である父や家族に囲まれて裕福な暮らしを送っていたが、反米を掲げるクメール・ルージュの侵攻により、わずかな荷物だけを持ってプノンペンを追われることに。過酷な道中の末、クメール・ルージュ支配下の農村に辿り着いた一家は、そこで重労働を強いられ、飢餓で命を落とす人々の姿を目の当たりにする。そんなある日、ルオンの父が兵士たちに呼び出され……。Netflixで2017年9月15日から配信。

(映画.comより)

予告編

アンジェリーナ・ジョリー監督作『最初に父が殺された』予告編

感想・考察(ネタバレなし)

悲劇の現場は今もなお残る

このような題材に興味を持つ方には、一度は現地に足を運ぶことをお勧めしたい。
カンボジアという国においては、今もその現場が生々しく残っており、観光客でも容易に見学ができるようになっている。
例えば、トゥールスレン博物館

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首都プノンペン市街にあり、かつては高校だったが、ポルポト政権後は反対派や知識層を殺害する前に留置する収容所として使われた。

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かつては教室であった部屋も独房として使われ、拷問の果てに亡くなった犠牲者の写真が添えられている。まさに、そのベッドで亡くなった人のもの。

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両手は縛られ、足はチェーンでベッドのパイプに繋がれていることが分かります。

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留置された女性は皆一様にオカッパ頭にされ、登録の為に写真を撮られた。この中の多くの人は戻ることはなかった。

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当時の収容所内を再現した絵が展示されている。全員が長い鉄の棒に足を括られ、すし詰め状態の中、身動きが取れなかったという。

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元教室よりもずつと狭い独房もある。昼間だというのにこの暗さ、息苦しさ。
現地ではこの博物館に近寄りたがらない人も多い。敬虔な仏教徒が大半のカンボジア人は霊の存在を信じる人が多いせいか。

当時、この収容所に捕らえられた人は夜中に突然トラックでどこかへ連れて行かれたという。行き先は虐殺の為の場所であり、通称キリング・フィールド。これはプノンペンの郊外にある。
ポルポト時代の後、雨が降る度に土の中からおびただしい数の人骨が出てきたそうだ。

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現在では慰霊塔の中に犠牲者の人骨の一部が収められている。多くは頭蓋骨に大きな穴が空いており、クワやナタという農業用具によって撲殺されていたことが分かる。

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赤ん坊を叩きつけて殺したと言われる木。幹には鎮魂の為のミサンガが無数にある。

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椰子の木の皮は鋭く尖っている為、人間の喉を切る為の凶器として使用された。触ってみると固くて鋭利だがナイフよりも原始的な分、恐ろしい。
ふぅ。読者の皆さんのゲンナリした顔が目に浮かぶ。
けど、これは事実なので、日本とは関係なくても知っていて欲しいし、これを機会にカンボジアに興味を持ってくれると幸いです。
さて、ここからは映画そのものの感想ですよ!

当時の再現性が非常に高い

カンボジアにてカンボジア人の俳優を使って撮影された本作は、ポルポト時代の再現度が非常に高い。街並みから、美術、衣装に至るまで、現地ロケならではのリアルさだ。例えば下記の描写は史実に忠実だ。

・この国では王様の次に尊敬される僧侶が弾圧された。

・都市部の住民は農村への移住を強いられ、朝から晩まで慣れない農作業に従事させられた。重労働にも関わらず、食事は僅かなお粥のみ。

・飢えを凌ぐため、監視の目をくぐり、ヘビや蜘蛛などを食べられるものは何でも食べた。もし、見つかれば、懲罰。

・子供たちは少年兵として教育され、地雷を埋める作業も担当させられた。

※少女の目を通した実録ものなので、少年兵、少女兵のパートが多い。ちなみに収容所での拷問については描かれていないので、ポルポト時代の全体像ではなく、一部のことだけが描かれている。

子供たちがヘビを食べるシーンでは、まずヘビの頭を切り落として、皮を剥ぎ、お腹に卵が入っていることに気づけば「これは美味しいんだよ」と言いったりして、棒に刺して焼くという描写がとても自然。

時代考証はかなりシッカリしているのでは。食料の配給があって無いような状況だったのに、出演者が痩せなてないのはさすがに仕方ないけど。

『ダンケルク』にも近いのだけど、本作は映画的な起伏や人間ドラマを入れずに、観る者に擬似体験を強いるタイプの映画だ。状況説明的な台詞は少ないし、音楽も最小限、ドキュメンタリータッチであり、極めて写実的だと思う。

マラソン選手のように無駄な肉、脂肪が一切無いストイックさがこの映画の特徴。

映画としてはどうか

ただ、写実的であるということは、映画の娯楽性とは真逆だということ。
この映画の場合、史実や原作に忠実であることは良いことだけど、ストイックすぎやしないか?と思うのだ。ありのままに、淡々としすぎていて、映画というフォーマットで良かったの?という気がする。どちらかと言うと再現VTRに近い

結果的には、リズムが単調で、起伏も少なく、睡眠誘導効果が高いというのが残念なところ。

実話ベースの映画で、写実的なスタイルの場合、そのサジ加減はとても微妙で、上手くいけば「リアルだ」と褒められ、失敗すれば「盛り上がらん」と言われてしまう。

リアル志向だとしても、映画である以上は多少の肉付きや色気は必要だ。ドキュメンタリーがガリガリ体型なら、映画はボンキュッボンだと思う。
そういうちょびっとの肉付け(盛る)で、もっとメリハリのある内容になったのでは。

カンボジアを愛する人間として思うこと

本作のもう1つの欠点は、観る側にポルポト時代に関する知識がある程度無いと、何が行われているのかが分かりにくいこと。不特定多数の人に観てもらうのなら、説明が足りない感がある。

しかしながら、アンジーはよくやってくれたと思う。繰り返しになるけど、出演者は全員カンボジア人、カンボジア国内で撮影、言語はクメール語である。米国資本でよくも実現できたものだ。というのも、本作には当時の米国に対する明確な批判が含まれているからだ。

本作を気にいる/気に入らないはともかく、意義のある映画を作ったと思う。または、表現の自由を尊重してお金を出したネットフリックスを褒めるべきかもしれない。よくぞこんなに暗い内容にゴーサインを出してくれたものだ。

誤解されないように言っておきたいのだけど、この暗い内容の本作の印象イコール、カンボジアとはならない。実際のカンボジア人は陽気でおしゃべり、お人好し、人の痛みが分かる人たちだと思っている。本編のどこかにそういう明るいカンボジア人気質が見られるポイントがあると、もっと良かったかな。

(映画の一場面の画像はIMDbより引用)

僕の評価

5点/10点

タイレンジャー
タイレンジャー

ちょっとアプローチがストイックすぎたかな?マジメでリアルなのは良いですが、映画ならではの「表現」ももう少し上乗せして良かった気がします。

どうでも雑感

・ちなみに、カンボジア出身のアンジーの長男マドックス(15)がエクゼクティブ・プロデューサーとして関わっている。「14歳の母」ならぬ、「15歳のエグゼクティブ・プロデューサー」とは恐れ入った。親バカにも限度があるでしょうに!

鑑賞方法

Netflixオリジナル映画である本作はNetflixでのみ鑑賞可です。
(2020年10月時点)

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