ミャンマー旅行記⑤ 『ライオンキング』に例えるミャンマー現代史

雑談
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※本記事は2018年3月に他ブログに掲載した記事を再編し投稿したものです。

一昨日、無事にミャンマー旅行より帰ってきました。
今回の記事は旅行記では無いのだけれど、映画絡みのミャンマー話ということで、書きま〜す。

世界的に最も有名なミャンマー人と言えば、アウンサンスーチーさん。

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72歳になる現在は国家顧問という役職ながら、実質は国の最高指導者にあたる。
アウンサンスーチーとミャンマーの現代史は「ライオンキング」の話とよく似ている、と何かの本に書かれてあった。

確かに、アウンサンスーチー=主人公シンバ、と考えると分かり易い。

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時に19世紀、当時の王朝であるコンバウン朝(日本史でいうと江戸幕府みたいな)は英国との戦争に敗れ、ミャンマー(旧ビルマ)は英国の統治下に置かれる。

英国からの独立を果たしたのは1948年。太平洋戦争中の日本による一時的な統治を経てのことだった。
独立に向けて尽力した「建国の父」と呼ばれるのがアウンサン将軍。アウンサンスーチーの父親にあたるカリスマ指導者。

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「ライオンキング」で言うところの、父にして王であるライオン、ムファサだ。

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ところが、英国からの独立を目前にアウンサン将軍は政敵によって暗殺されてしまう。享年32歳…。独立後は間違いなく彼が国のリーダーになるはずだった。

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アウンサン将軍が就くものと思われていた最高指導者にはネ・ウィン将軍が軍事クーデターによって就任した。

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ネ・ウィン将軍改め大統領は言わば、悪いライオン、スカーにあたる。自らが王になるべくムファサを死に追いやった男だ。

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※厳密には、ネ・ウィンの前ににウー・ヌという人が10年間に渡り首相を務めた。

ネ・ウィンによる軍事政権は独裁的で、社会主義経済を導入するも経済は悪化し、国民の生活は苦しくなる一方。
軍事政権に対する不満の高まりと共に、ミャンマーの民主化に向けて頭角を表したのが、かのアウンサン将軍の娘であるアウンサンスーチー。
父が果たせなかった国の舵取りを今こそ娘が果たす!そんな弔い合戦のような物語性、彼女の聡明な人柄(と清楚なルックス)に国民は、この人こそが国の指導者になるべき、と期待をした。

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このように、大雑把に書くと本当にライオンキングみたいな話なのだ。
アウンサンスーチーが高く支持されたのはぶっちゃけ、この物語性の高さゆえ、という部分はあると思う。
インド映画『バーフバリ』もこんな感じの話じゃなかったっけ?こういうのは普遍的に愛される物語のパターンなんでしょうね、きっと。

ちなみに僕はライオンキングが大嫌いだ。だって『ジャングル大帝』の盗作ですやん。

軍事政権にとって目の上のコブだったアウンサンスーチーは度重なる自宅軟禁を受け苦しむが、2015年の総選挙で圧勝を果たし、遂に「王」となる。めでたしめでたし。
…ではなく、ミャンマーの国政はまだまだ問題山積だ。問題の多くは英国領時代と軍事政権時代の負の遺産ばかり。

例えば、ロヒンギャ問題は英国が当時のインド(現在のバングラデシュ含む)から労働者を移住させたことが発端だ。しかも、英国は民族間に上下関係をもたらし、これが現在の民族間の対立の基になっている。
アウンサンスーチーさんは痛みを伴う改革に苦しんでいることと思う。

ちなみに、ミャンマー人には苗字(姓)が無い。アウンサン・スーチーなのではなく、「アウンサンスーチー」で一括りの名(ファーストネーム)です。

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