『カノン』(1998) 【下流中年】の家族殺しと近親相姦

映画『カノン』の一場面 ドラマ
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『カルネ』の続編にあたるギャスパー・ノエ監督作品です。

前作はどこか宙ぶらりんな状態で終わったような感があり、今ひとつテーマが明確に見えてこなかったのですが、続編にあたる本作を観てかなりスッキリしました。

「こういうのが描きたかったのね」と。

タイレンジャー
タイレンジャー

衝撃的な展開が用意されていて鑑賞は要注意ですが、傑作であることに変わりはありません。

作品概要

1998年製作/93分/R15+/フランス
原題:Seul contre tous | I Stand Alone
配給:アスミック・エース
監督・脚本・撮影・編集:ギャスパー・ノエ
製作:ギャスパー・ノエ ルシール・アザリロビック
出演:フィリップ・ナオン/ブランディーヌ・ルノワール/フランキー・バン/マルティーヌ・オドラン ほか

パリ郊外で馬の肉を売っていた男。彼は自分の口のきけない娘が強姦されたと勘違いして労働者を刺し殺し、投獄される。出所後、彼はバーのウェイターの仕事につき店のマダムの愛人となる。男の子供を妊娠したマダムは人生をやり直そうともちかけ、それを受け入れた男は施設に入れられた娘に別れを告げて北の町リールへ旅立つ。月日は流れ、今、再び男は娘の待つパリへ向かっている。目指すは娘の母親が彼女を身籠った“未来ホテル”だ……。

映画.comより)

予告編

映画「カノン」日本版予告/ギャスパーノエ

感想・考察(ネタバレなし)

主人公のオヤジは「下流中年」

話としては社会のド底辺にいる下流中年の危機というやつなので、なにやら週刊SPA! の特集を彷彿とさせます。 

 また、下流中年は「下流老人」から派生した言葉で、その定義としては 

1. 収入が著しく少ない
2. 十分な貯蓄がない
3. 周囲に頼れる人がいない(社会的孤立) 

なのだそーです。 

本作での主人公のオヤジの下流っぷりは前作よりも明確に描かれています。カネなし、仕事なし、オンナなし、友なし、の境遇から、社会に対する逆恨みの念を募らせていくオヤジはやがて凶行へと走ります。 

記憶に新しいことろで言うと『ジョーカー』もこのような話でしたよね。あちらはもっと病気とか出自とか要素が多くて、不幸のスタンプラリーみたいな映画でしたが。 


でもハッキリ言いますが、本作は『ジョーカー』よりも重たいパンチを食らわす衝撃作です。人にもよると思いますが、観たら精神的に相当なダメージを受けるはずです。 

具体的に何がと言うと、「家族殺し」と「近親相姦」です。

映画『カノン』の一場面

IMDbより)

田舎鬱

本作の原題を訳すと「全てに対して1人で刃向かう」であるように、前作と比べて顕著なのが 下流中年が社会を一方的に敵対視する という点です。 

主人公のオヤジの心情が全てナレーションによって語られますが、社会への憎悪の念を募らせていく過程が克明に描かれています。 それも全てはオヤジが社会的に孤立しているがゆえです。 

舞台は1980年。この当時のフランスはオイルショック以降の不況により失業者が街に溢れているという状況です。(ちなみに『ジョーカー』は1981年という設定)。 

傷害罪で投獄されていた為、自らの馬肉店を失ったオヤジはデブ女の誘惑にアッサリ負けてデキ婚。もちろん、彼にとっては情欲を交わすだけの相手だったのでデブ女に対して愛はありません。 孤独な男の問題は根深いもので、タイミングさえ合えばこんなデブ女でも拾われるのです。 

パリを離れてさびれた田舎でデブ女とその母親と3人暮らしを始めるオヤジ。窮屈な暮らしのなかで、彼はこの母子を生理的に嫌悪するようになっていきます。 

映画『カノン』の一場面

IMDbより)

さびれた田舎ではまともな仕事もなく、自由に使える金もなく、鬱屈とした気分を抱えたまま帰宅すれば、デブ女から心ない言葉を浴びせられる。 

デブ女と些細な口論になった時、オヤジは遂に怒りが沸点に達してしまい、妊婦であるデブ女の大きなお腹を固い拳で殴打する(!!!)。ドスンと低い音。オヤジは勢い止まらずお腹を殴ること複数回。 

泣き喚くデブ女とその母親を尻目に「その子は産まれなくて幸せだ。母親の醜い顔を見ずに済む」とオヤジは捨て台詞。 なんたる鬼畜。 

観るに耐えぬ酷い展開ですが、少し前のシーンでデブ女が穏やかな表情でお腹を優しくさする描写があったことが事の凄惨さを際立たせています。デブ女はオヤジには愛がなくとも、当然ながら我が子への愛は本物だったのですから…。

オヤジが実現させたい「親子愛」とは

オヤジはその場を立ち去り、僅かな現金を手にパリへ逃亡。住所不定無職。当然、仕事を探し始めます。 しかし時に不況。キャリアのある馬肉屋どころか、屠殺の仕事にさえありつけません。 

オレが苦しい思いをするのは、この社会がクソだから!
なぜ俺に仕事の口がない!
移民どもが悪い!
ドイツ人もクソだ!
ホモどもは消え去れ!
オレには何も無い!

・・・とオヤジは身も蓋もない思考に陥っていきます。(差別的表現は字幕のまま) 

全てを失ったオヤジ。頼れる人もいない。いや、いるではないか。1人だけ。施設に預けた口のきけない娘だ。 適当な事を言って施設から娘を連れ出したオヤジ。 

映画『カノン』の一場面

IMDbより)

この先の展開はネタバレなので具体的には書きませんが、観る者の倫理観と感情を激しく揺さぶる展開が待っています。 急降下で奈落の底へ突き落とされたかと思うと、天国から救いの手が差し伸べられて全ての鬱屈とした思いは成仏を果たす…。でもその先には地獄への緩やかな階段が待っていた、という感じです。 

オヤジが最後にしたかったことは、このクソのような社会から隔絶された、親子2人だけの世界を作ろうということではないでしょうか。 オヤジが頼り、頼られる相手は娘しかいないのです。

オヤジは堕ちるところまで堕ちて、ようやく娘をかけがえのない存在と再認識できるようになったのですが、もともとオヤジには親子関係における倫理観が欠如しています。 親子愛というものを一般的な意味で認識できていないことを示唆するラストには心底ぞっとさせられます。

 『ジョーカー』では全てを失った男が社会を相手に反逆をしますが、本作のオヤジはそれも未遂に終わり、ただ弱い者を巻き込むというだけにタチが悪いです。 改めて孤独な男の問題は根深いと思わされますが、閉塞感のある社会の中では誰でもこうなり得るということが怖いのですね。 久々に映画で病みましたわ。ギャスパー・ノエ、恐るべし。

僕の評価

8点/10点

タイレンジャー
タイレンジャー

孤独を経験した大人の男には刺さるものがある映画だと思いました。多かれ少なかれ身に覚えがある部分もあるかと。

どうでも雑感

・本作に関してはむかーし、仕事をせずに田舎の実家で燻っていた自分を重ねて観ていたこともあり、輪をかけてキツイものがありました。ブツブツと自問自答を繰り返しながらガランとした街を1人で歩く姿なんか、昔の僕だわぁ…という感じで。

・本作はすごく率直な心理を描いていると言えますね。で、ノアは率直すぎるがゆえに嫌われたりもするわけですよねぇ笑。でも、こういう世界をキチンと描くってことは誰かがやらなければいけないことだと思います。砂糖菓子みたいな映画ばかりじゃつまらないので、これこそが芸術に求められる役割ですね。

鑑賞方法

あいにく2020年11月時点で『カノン』はVODによる動画配信されておりません。

※本ページの情報は2020年11月時点のものです。最新の配信・レンタルの状況は各サイトにてご確認ください。

ギャスパー・ノエ監督作品

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